プロフィール

どこへ行っても、どんな治療をしても治らない痛みを一瞬で解決できる『AKS治療プロセス』を提供して、あなたの時間的・身体的負担を半減させつつも自然なリピートと紹介により売上200%UPを実現する

AKS治療®プロデューサー 山内義弘です

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私は医療界トップの治療技術であるAKA-博田法専門病院で、治癒率&紹介率NO.1を極め、25,000症例・75,000回以上の治療実績と解剖・運動生理学や脳科学に基づき開発した開発したAKS治療を全国の治療家に学んで頂いています。

私が柔道整復師・鍼灸マッサージ師・医師・理学療法士・整体師など全国の治療家から頂く多くの声は
・時間・労力を半減させても高単価を得られる治療テクニックを身に付けたい!
・病院勤務という立場から、自身の治療院を立ち上げ患者様に貢献したい!
・保険診療から完全実費治療に移行して、自分の技術を試したい!
・病院のリハビリテーションを「根本治療」に特化して、他院と差別化を図りたい!

今、世間には治療家向けの経営セミナー、技術セミナーなど様々な情報提供が行われています。あなたがそれらを取り入れて発信した情報の向こう側には、どんな治療を受けて、どこの病院、治療院に行こうか迷っている患者様があふれているにも関わらず、あなた自身に辿り着く確率は少ないですよね。

なぜか?
私も最初はそうでした。新規集客に走り、自分の出来ることばかりアピールして売り込む日々。山内先生に治療してもらうとどうなるのか?っていうのが、患者様に伝わってなかったんですね。そこで私が起こした行動はというと。
1.山内義弘はこういう治療家として生きていくんだという軸の設定
2.今もっている技術(価値)の整理と足りない技術の修得(開発)
3.来院→問診→治療→継続→紹介と患者様が満足する「治療プロセス」の確立。

たった、これだけの行動で、患者様にすごく喜んで頂けるようになりました。

その原点は、理学療法士として極めたAKA治療であり、それでは改善できない症状をなんとかするために開発した「AKS治療」です。

山内義弘のセミナーでは、あなたの持っている技術(価値)を生かしつつ、新たな技術(AKS治療)を提供して、患者様に期待以上の満足を与えることの出来る環境づくりをお伝えしています。
これにより、治療院の立ち上げ、完全実費治療への移行による売り上げUP、他院を気にしなくても良い自信を持った院経営が実現します。

このサイトを通して、あなたが治療家として成功するための道しるべを提供させて頂きます。

山内義弘の成り立ち

~野球人生編~

1.野球バカ誕生全盛期

1970年、名古屋で生まれる。「我が巨人軍は永遠に不滅です」と長嶋茂雄が引退した年(1974年)に野球に興味を持つ。それからはずっと巨人の王選手のファンで、世界記録868本のホームランを打ち引退した1980年、私が小学4年の時に本格的に小学校の野球部に入部。
小学5年の時に愛知県の大会で優勝するなど、数々の大会を制覇していき、早くも野球人生のピークを迎える。
こう見えても、ドラゴンズファンである!

2.野球バカ挫折期

この頃のプロ野球界は投手では江川(巨人)、バッターでは、落合(現中日GM)が全盛期。今で言う、大谷(日ハム)・柳田(ソフトバンク)という選手たちに憧れて、どんどん野球の面白さにはまっていく山内少年。。幼なじみと二人、本格的に硬式野球を始めたくなり、リトルリーグの入団テストを受けることになる。しかし、テストに向けて硬式ボールで猛練習を繰り返した結果、まさかの右ひじ痛発生!!肘が痛みで全く伸ばせなくなり、リトルリーグ入団を断念。小学校野球部には在籍していたが、半年くらいボールを投げられなかった。

3.野球エンジョイ期

この頃、世間は横綱昇進した千代の富士フィーバーで、山内少年も痛みで野球が出来ないので一時的に小学相撲部に現を抜かしたが、小学6年生になると肘の痛みも癒え、改めて野球の楽しさを知り、まさかのキャプテンも仰せつかる。中学でも軟式野球部に入り、全く勉強もせず只々身体を動かす日々を過ごす。
そして、いよいよ高校で硬式野球をすることになる。

4.野球ルパン三世期

高校に入ると、力強くなり、1年生からどんどん試合に出してもらえるようになる。この頃、プロ野球ではセ:バース(阪神)、パ:落合(ロッテ)の両リーグでの三冠王に湧いていたが、特に足の速さには自信があり、50mを5.8秒で駆け抜けていた私は、今で言う山田(ヤクルト)タイプを目指していた。野球部なのに走ることが大好きで、練習が終わって帰宅した後も、近くの公園で盗塁の練習をしていた。
野球人生で盗塁でアウトになったことが一度もないのが唯一の誇りである。

5.野球したくても出来ない期

高校1年の秋にレギュラーとなり、グランドを駆け回っていたある日の朝に異変が...
腰が痛くて立ち上がれない..まっすぐ立って歩けない、腰を少しでも反ると激痛..
それから3か月、まったく思うように野球ができない状態が続いた。

6.わらをもすがる期

はじめは、接骨院で電気治療をするも改善せず、はり、マッサージなども全く効果がなかった。近くの外科でも原因がわからず、大きな国立病院で検査をするも、異常なし...途方に暮れていたところ、母親が手をかざすだけの治療を進めてきたり、1枚10,000円もするようなただのシールを貼らされたこともあった。
そんな時、高校野球部のOBが当時では珍しく腰痛専門の治療が出来るところを紹介してくれ、わらをもすがる思いでその治療院に行った。

7.最後の砦

もう、この治療院で治らなかったらダメだという覚悟でした。
初回の治療は強めの刺激で、イマイチしっくりきません。しかし、先生が「まずはこの治療で様子を見てダメだったら次を考えよう」と言ってくれた。
それを信じて二回目の治療。改善が見られなかった私に、脚を動かしながら腰の関節を優しく動かす新たな治療をしてくれた。結果、ものすごく腰が楽になった!合計7~8回くらいの治療で思いっきり野球ができる喜びに満ち溢れ、野球人生を全うすることが出来ました。
私にとってまさに 「最後の砦」 でした。
この時、私はいつかこの先生のようにどこへ行っても、どんな治療をしても治らなかった痛みを治せる「最後の治療家」になりたいと心に決めました!

~治療家人生編~

1.治療家への道しるべ

治療家に憧れていた私ですが、なぜか大学は電子工学科、就職先は建築設計事務所。
ある日、総合病院の建築設計を担当したときに、リハビリテーションにおける理学療法士の存在を知ることに。「なんて素晴らしい職業なんだ!」と、設計事務所を退社し、そこから猛勉強をして、見事、理学療法士になることが出来ました。
「最後の治療家」へのスタートです。

2.AKA博田法との出会い

名古屋在住の私は、理学療法士免許取得後すぐに、山梨県のAKA-博田法専門病院に勤める。
ここの病院は、AKA博田法の発信基地的存在として、常にAKA治療の研修を行っており、幹事や運営スタッフとして日々走りまわる。自身はAKA博田法の技術習得に全霊を注ぎ込み、徐々に患者様の信頼を獲得していく。

3.カン違い創成期

AKA博田法を習得した私は、患者様を任されるたびに痛みを改善し、どんどん患者様を改善させていく。入職2か月後には治せない痛みなどなく、ぎっくり腰、寝違い、膝関節痛、椎間板ヘルニア、ねんざなどどんな症状の患者様でも治せる自信があった。そして3か月後には病院内の理学療法士の中で治癒率NO.1で患者様の順番待ち行列であふれかえるトップ治療家となったのです。

4.究極のカン違い期

AKA-博田法を極め、痛みの治療に絶対の自信を持っていた私は、1年後、地元名古屋の整形外科に転職。
ここでは、入職当初から「魔法の手」や「神の手」を持つ先生としてもてはやされ、順番待ちの行列が途切れないカリスマ治療家と言われていた。
ここで私は、自身の治療院という城が欲しくなり、名古屋市西区に「AKAスタジオ」を立ち上げる。

5.どん底期

意気揚々とスタジオを立ち上げ、新規集客はあったものの、継続・紹介率は低く、自身の見込み客へどのように営業を掛けたらよいかわからなくなってくる。
このとき初めて、勤務時代にもてはやされた自身の治療は、お世話になっていた病院があってこそのものだったと気づく。

6.人間力創成期

ここで、私、山内義弘はなぜ、治療家になったのかをもう一度見つめ直す。治療家としてどういう人を助けたいか、どういう人生を送りたいか、どのように社会に貢献したいかをしっかり見つめ直す。
また、今持っている技術(AKA治療)の再確認と自分に足りない技術をもう一度見つめ直す。

7.人間力開発期

自身の痛みや治療の経験より、専門病院で極めたAKA-博田法は関節が原因の痛みには秀でているが、五十肩や脊柱管狭窄症など筋肉が原因の痛みには弱いことを知り、それを更に改良・進化させた「AKS治療」を開発する。
また、この「AKS治療」を気持ちよく受けて頂くために、来院から問診→検査→治療→継続という「患者様に満足して頂ける治療プロセス」を確立する。

8.人間力成長期

現在は「山内式AKS治療プロセス」を軸としたセミナーを東京、名古屋、福岡で展開中。
治療家としては名古屋(西区)と東京(広尾)ではAKS治療スタジオを運営し、日々どこに行っても治らない痛みの『最後の治療家』として患者様の治療に向き合っている。

経歴

資格

・理学療法士(physical therapist)
・徒手療法士(chiropractor)
・介護福祉士(Certified Care Worker)
・介護予防運動指導員

研修機関

・名古屋大学医学部付属病院
・社会保険中京病院
・高浜市民病院
・春日井市民病院
・鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンター(川平法習得)
・ハワイ大学医学部(人体解剖実習)

勤務

・AKA専門クリニック(AKA博田法習得)
・山田整形外科(整形外科、脳神経外科)
・わかばリハビリ訪問看護ステーション